「ねぇ、私も塾に行っていい?」
娘がそう言ったのは、小学3年生の秋のことでした。
起立性調節障害(OD)と診断されてまだ日が浅かったあの頃——突然そんなことを口にしたので、びっくりしました。
正直、最初は戸惑いました。
「体のことが心配なのに、なんでそんなことを言うんだろう」と。
でも、その言葉の奥にあるものを聞いていくうちに、私の考え方は少しずつ変わっていきました。
今日は、そのきっかけと、私たちが「中学受験」という選択をした理由をお話しします。
「起立性調節障害」と診断されるまでのお話

娘は小学1年から学童に通っていたのですが、3年生の1学期終わりから夏休みにかけて、徐々に「学童に行きたくない!」と泣いて行ったり行かなかったりの日々が続きました。
それでも行ってみると言って登校した日は、だいたい午前10時〜12時の間に学童から電話がかかってきました。「37.4℃の微熱と頭痛があるのでお迎えをお願いします」と。
親としては仕事があるので行ってくれたら安心なのですが、「学童のお友達に嫌なことをされるし、行っても楽しくない!行きたくない!」と言われました。
本人が行きたがらなかったので無理強いはしたくなく、夫婦で娘と話し合い、2学期が始まる前に学童をやめることになりました。祖父母も協力してくれて、学童に行かない日は祖父母の家で過ごしていました。
そんな状況の中、去年の6月ごろから私が仕事で帰る時間が遅くなり、子どもと過ごす時間が減ってしまいました。色々なことが重なったのかもしれませんが、娘は弟と喧嘩したり、ちょっと嫌なことがあってもすぐ泣いたりするようになりました。
晩ご飯の後には夜1時間ほど泣き続けることも増えていきました。落ち着いてお風呂に入っても、ベッドに行くと眠れない。「どうしてすぐ眠れるの?どうして私は全然眠れないの」と言っては、またベッドで泣き続けるというループでした。
息子も「娘が泣くから眠れない!」と怒って泣き出すこともあり、どう接したらいいのか分からず、こっちが泣きたくなる日々でした。
娘はなかなか眠れず、22時・23時ごろに寝るので朝も起きられない。そんな毎日が続いていました。
今思えば、娘なりに精一杯「寂しい」という気持ちを私たち夫婦に伝えてくれていたのだと思います。
学童をやめたことで、一つ問題は解決できました。
しかし以前から、頭痛で学校からお迎えの連絡がくることが度々ありました。
しかもなぜか毎回午前中でした。
頭痛、微熱、朝に起きられない、夜中に泣く——こうした症状が重なり、一度子どものメンタルクリニックを受診しようと決断しました。
しかし、その受診するまでのハードルは想像以上に高いものでした。
「現在、新規受診を受け付けていません」
「予約は6か月先まで埋まっています」
「毎月決まった日に1か月分の予約を受け付けます」など、病院によって状況はさまざまでした。
熱を出したら当日に小児科へ行けるのに、子どものメンタル系クリニックはこんなにも受診が難しいのかと愕然としました。
携帯2台で150回以上電話をかけ、ようやく予約を取ることができました。
受診日がこんなに待ち遠しかったことはありません。
受診した結果、娘はもっとパパとママに家にいてほしかったということが分かりました。
パパは仕事が忙しく、平日・祝日もお仕事で日曜日しか休みがありません。
ママはカレンダーどおりの休みですが、それでも娘はもっとみんなで一緒にいたいとのことでした。
それからパパが娘が眠れる時間までに帰宅できるようになり、家族4人でベッドに向かう日が増えました。
そうすることで娘の情緒も安定してきたように思います。
娘が学校から早帰りしてきても、しばらくすると普通に過ごせるようになりました。
午後から元気そうなときは、ママと2人でお出かけやランチを楽しんだりもしました。
そんな状況を誰かに聞いてほしくて、職場の先輩に相談してみました。
すると、先輩の娘さんも朝なかなか起きられず頭痛などの症状で中学校に行けない時期があり、病院で「起立性調節障害」と診断されたと教えてくれました。
私はその病名を初めて耳にしました。
話を聞くうちに、思春期の子に多く見られる症状だということが分かりました。
娘もその可能性があるかもしれない——まず診てもらいたいという気持ちが強くなり、先輩に教えてもらった病院へ行ってみることにしました。
電車を乗り継いで約1時間かかる場所にあるその病院に、娘と一緒に向かいました。
1度目の受診では娘の最近の状況を伝え、2度目の受診で起立性調節障害の検査を行うことになりました。
検査はベッドに横になって血圧・心拍数を測定し、その回復具合で診断するものでした。
「きっと違うだろう」という漠然とした気持ちでいた私に、先生から告げられた結果は——「起立性調節障害です」。
娘のタイプは「起立直後性低血圧」でした。
思春期でもない小3の娘にそのような診断が下りるとは、頭が真っ白になりました。
そもそも「起立性調節障害」とは?

まだご存じでない方のために、少しだけ説明させてください。
起立性調節障害(OD)は、自律神経の働きが乱れることで、立ち上がったときに血圧や心拍数をうまく調節できなくなる病気です。思春期の子どもに多く見られ、特に午前中に症状が強く出るのが特徴です。
主な症状はこちらです。
・朝、起き上がれない/起き上がると気分が悪くなる
・めまい、立ちくらみ
・吐き気、頭痛
・長時間立っていると気分が悪くなる
・午後〜夜になると体調が回復してくる
「怠けているだけでは?」と思われがちですが、これは本人の意志ではどうにもなりません。
脳への血流が低下するため、体が動かない・動かせないのです。
娘が診断を受けたのは小学3年生の秋頃。
最初はただの体調不良だと思っていましたが、朝になるたびに起き上がれないことが増えて、頭痛・微熱で早退や欠席が続くようになりました。
「サボっている」「気持ちの問題」と言われることもあり、娘も私も正直かなり消耗していた時期でした。
「塾に行きたい」——その言葉の裏にあったこと

起立性調節障害と診断され、夜泣きも徐々におさまってきたころ、娘から「塾に行きたい」と言われました。
友達の影響から始まった
娘が塾に興味を持つようになったのは、仲のいい友達が通い始めたことがきっかけでした。
「○○ちゃんが塾で算数の面白い問題やってるって言ってた。私もやってみたい」
最初は単純に「友達と一緒がいい」という気持ちだったと思います。
でも話をよく聞いてみると、もうひとつ大切な理由が見えてきました。
学校を休む罪悪感と「何かしたい」という気持ち
起立性調節障害の娘は、午前中の体調が特に悪く、早退することがありました。
「学校に行けていない自分」を娘自身が責めていたのかもしれません。
「みんなと同じように勉強できていないから、分からないのが嫌なの!」
その言葉に、胸が痛くなりました。
病気のせいで学校を休んでいるのに、娘は「算数や国語でみんなについていけなくなるのが嫌!」という気持ちを抱えていたのです。
塾に行きたいというのは単なる好奇心だけでなく、「自分でも何かできる」という手応えを求めていたのだと、後から気づきました。
起立性調節障害を抱える子どもは、できないことが増えるほど自己肯定感が下がっていきます。
「何かひとつ、自分で頑張れることを作りたかった」——そんな娘の気持ちが、この一言に詰まっていたのだと今は思います。
「行きたい」という気持ちを大切にしたかった
娘は「どうせ私には無理」「また失敗する」という思考になりがちで、以前から「体調が悪くなったらパパやママに迷惑をかけるから嫌」と自分から断ることが増えていました。
だからこそ、自分から「やりたい」と言えたこの瞬間を大切にしたかった。
週1回しか通えなくても、体調で休む日があっても、まず「やってみよう」という一歩を踏み出す経験が、娘には必要だと感じました。
起立性調節障害の娘に「中学受験」を選んだ理由

塾に通い始めてしばらくすると、宿題に真剣に取り組む娘の姿を見て、応援したいという気持ちが私の中で徐々に強くなっていきました。
「4年生から6年生までの3年間このまま取り組んでいければ、中学受験もできるかもしれない」——そう思った私は、中学受験について調べ始めました。
その中で気になったのが、今後、起立性調節障害によって学校に行けない日がもっと増えたり、気持ち的につらい日々が続いたりした場合のことでした。
高校受験が娘にとってさらに苦痛なものになるなら、中学・高校と受験せずにそのまま進学できる中高一貫校がいいのではないか——そんな思いが芽生えてきました。
家から通えて、偏差値がかなり高くて難しい学校ではなく、授業料も高くなく、娘と頑張れば合格できるかもしれないと思える学校。
どこかないだろうか、と探し続けました。
探しているうちに、娘の夢を思い出しました。
娘は入院したことがあり、その際に親身に看護してくれた看護師さんに感謝しているようで、「将来は看護師になりたい」という夢を持っていました。
将来、医療系を目指すなら英語はできたほうがいい。
英語は「勉強しなければならないもの」というより、学ぶことで娘の世界と視野が広がる、海外旅行にも役立つ——娘にとってプラスになるものだと思いました。
そして、ついに目標とする学校を見つけました!思わず家で声をあげて喜んでしまいました。
・校舎が比較的新しくきれい
・算数など一部の授業が英語で進む
・英語教育に力を入れている
・偏差値がかなり高い学校ではない
・私立ではなく公立の中高一貫校
・制服が可愛くて娘が興味を持ってくれそう
私の中の理想の中学でした。
さっそく娘に中学受験とは何かをプレゼンするための資料を作成しました。
娘に説明したのは次のことです。
①高校生になると「受験」をしなければならないこと
②中学生でも「受験」ができること
③高校受験と中学受験では勉強する科目数が違うこと
簡単に言うと、中学受験のほうが勉強する科目が少ない。
そして中高一貫校を目指せば高校受験が不要になる。高校受験は難しい問題を幅広く覚えなければならない——そう説明しました。
その学校を見せると、娘から「えっ!制服めっちゃ可愛い!着たいー!」という言葉が出てきました(笑)
そして「中学受験してみたい」という言葉も自然に出るようになりました。
今はまだ小学4年生なので受験がどういうものか理解しきれていないかもしれませんが、これからの3年間を娘と一緒にどう関わって過ごしていくかが大切なのかなと感じています。
不安だったこと、娘と決めたルール

中学受験には不安や悩みがなかったわけではありません。
「受験勉強のストレスで体調がもっと悪化したら?」
「塾の宿題についていけなかったら?」
「志望校に落ちたとき、娘の心が折れてしまったら?」
考え始めたらキリがないほど心配は出てきます。そのため、私たちはいくつかのルールを決めました。
体調優先を絶対のルールにする——どんなに大切な授業でも、体がつらければ休む。勉強より体が先。
・「合格」より「経験」を目標にする——受験を通じて成長することを目標に置き、結果はあくまで後からついてくるものと考える。
・「絶対合格!」ではなく、「受かって行けたらいいね」くらいの気持ちで進めています。
追い詰められない環境が、逆に前向きさを生んでくれるのではないかと感じています。
今、私が思うこと
中学受験は、「勉強ができる子のもの」でも「元気な子のもの」でもないと思っています。
ODを抱える娘にとって、受験勉強の道は決して平坦ではありません。
体調が悪くて塾を休む日も、宿題が終わらなくて泣く日もあります。
それでも娘は「自分で選んだ道」を歩いています。
小3のあの日、「塾に行きたい」と言った娘の一言がなければ、私たちはこの選択をしていなかったかもしれない。
体がつらくても「やってみたい」という気持ちを持ち続けてくれた娘を、誇りに思います。
この道が正解かどうかは、まだ分かりません。
でも今この瞬間、娘が「自分の意志で何かに挑戦している」という事実は、私にとって何よりも大切なことです。
「体がつらくても、前に進もうとしている娘」を、これからも全力でサポートしていきたいと思います。
もし今、同じように「ODの子どもに中学受験は無理なのかな」と悩んでいる方がいたら、ぜひ一度立ち止まって、お子さんの「やりたい」という声に耳を傾けてみてください。
体が弱くても、挑戦する権利はある。
そう信じて、私たちは今日も一歩一歩進んでいます。
これからも「中学受験日記」として、調べたことややってみたことを書いていきたいと思います。
これからも読んでいただけると嬉しいです。